10日は、東京高裁で、最終口頭弁論が行われました。
前回の和解協議で提案した和解案に対して、加害者少年達の代理人である弁護士から「和解案を受け入れることはできない」というたった一言、簡単な回答がありました。
これで、和解は決裂し、裁判は結審となり、9月27日13:15に判決が下されることになりました。
裁判が終わったあとに、私たちの側の弁護士から、傍聴者の方達に説明が行なわれました。
和解のメリットは、判決では裁判所に事実認定により、賠償金の支払いが命じられるだけになってしまうけれど、和解では話し合いの中で、加害者の反省や謝罪を受けることができる。また、他に必要な事項を和解条項に組み込む事ができるので、加害者達からの反省と謝罪は、太郎が一番望んでいたことから、和解協議を進行してきました。
しかし、反省と謝罪することを受け入れることができないという加害者側の回答により、和解は成立しませんでした。
一方、判決のメリットは、和解では詳細に組み込むことができない「心的外傷とPTSD」について、裁判所が認めることにより、画期的な判決が望める可能性があります。太郎の元主治医の白川美也子先生の証人尋問は、裁判官に理解を深めることができたと思われるので、太郎のPTSDについて、地裁判決より前進した判決内容を得ることができれば、今後のPTSDを問う裁判に対してのPTSDが認められる判例となる可能性があります。
また、弁護士は、終始争いごととしてこの裁判を捉えてきた加害者達の弁護士達は、
1月28日の自宅に押しかけてた事件を地裁判決のまま加害者達の責任を曖昧(非常識な行為ではあるが不法行為には当たらないという判決)にしたいのだろう。親も含め、彼らに関わってきた大人達が、彼らに真剣に向き合ってこなかったことは、非情に残念であると感想を述べました。
傍聴に来てくださった方達のほとんどが、「判決で、加害者達の責任をはっきりとさせるべき」という感想でした。多くのいじめ、少年犯罪の裁判傍聴をしている
TAKEDAさんは、「数時間の和解協議の間だけ、反省した素振りをしている少年達をたくさん知っている」と話していました。
取材をきっかけに裁判の傍聴に来てくださった「dpaドイツ通信社」の特派員の松元さんは、「当事者(加害者達)が不在の中で、裁判が行われている司法制度の問題を感じる。判決で、はっきりさせることは悪い事ではないと思う」と、裁判傍聴をして感じたことを、率直に話してくださいました。
当事者である私たちにもわかりにくく、疑問も少なくはありませんでしたが、これで約6年間に及んだ裁判は、判決を待つだけとなりました。
たとえ、加害者少年達が嘘をついても、太郎が受けた暴行や自宅に押しかけてきた少年達の行為は、加害者少年達の嘘を覆すことができる証拠提出ができないから、裁判所で認められることができなくても、事実が変わるわけではありません。
どんな判決が下されても、判決は判決として受け止め、問題は今後の活動の課題として取り上げていくつもりです。
TAKEDAさんが、裁判報告をホームページに記載しています。
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